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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1740号 判決

原告 竹内巨幸 外六一名

原告ら訴訟代理人弁護士 徳住堅治

同 小林七郎

被告 株式会社東京計器

右代表者代表取締役 松為啓進

右訴訟代理人弁護士 臼井義眞

主文

一  被告は、別紙認容金額一覧表記載の各原告に対し、各原告の認容金額欄記載の金員及び内同表二月欄記載の金員に対する昭和五八年二月二一日から、内同表三月欄記載の金員に対する同年三月二一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  別紙認容金額一覧表記載の原告らのその余の請求並びに原告竹内巨幸、同柿島一夫、同矢萩剛、同立石憲市郎、同金子紀興、同大久保詞裕、同浜田実、同井上文夫及び同酒井則明の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告竹内、同柿島、同矢萩、同立石、同金子、同大久保、同浜田、同井上及び同酒井と被告との間に生じたものは右原告らの負担とし、その余の原告らと被告との間に生じたものはこれを一〇分し、その九を右原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は各原告に対し、別紙未払賃金表中各原告の合計欄記載の金員並びに内各月欄記載の金員に対する当月二一日から、内昭和五六年夏欄記載の金員に対する昭和五六年六月二七日から、内同年冬欄記載の金員に対する同年一二月五日から、内昭和五七年夏欄記載の金員に対する昭和五七年六月二六日から、内同年冬欄記載の金員に対する同年一二月四日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの主張

1  当事者

被告は、計器、計測器、機械器具等の製造、修理、販売等を目的とする株式会社であり、原告らは被告の従業員である。

2  未払賃金請求

(一) 原告らは、別紙未払賃金表記載の期間である昭和五六年三月から昭和五八年三月まで被告に労務を提供した。

(二) 被告の原告らに対する毎月の賃金の支給日は当月二〇日であり、昭和五六年夏の一時金の支給日は同年六月二六日、同年冬の一時金の支給日は同年一二月四日、昭和五七年夏の一時金の支給日は同年六月二五日、同年冬の一時金の支給日は同年一二月三日であった。

(三) 被告は、(一)記載の期間の賃金及び一時金の内別紙未払賃金表の各月欄及び夏、冬欄記載の金員を支払わない。

3  不法行為による損害賠償請求

(一) 原告らは、被告会社内において、日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部東京計器支部(以下「支部組合」という。)を組織している。

(二) 被告会社には、支部組合とは別に、昭和五六年ころ後記旧支部組合の一部の組合員が同組合を脱退して結成した東京計器労働組合(以下「東計労組」という。)がある。

(三) 東計労組の結成前に被告会社内で結成されていた、支部組合の前身でこれと同一名称の労働組合(以下「旧支部組合」という。)は、被告との間でチェックオフ協定を結んでいたが、右東計労組の結成後、被告は、支部組合の存在を否定し、右協定が東計労組との間で効力を有すると主張するに至った。そこで、支部組合は、被告に対し、昭和五六年三月一二日付け書面をもって、右チェックオフ協定はあくまで支部組合との間に存在していることを通知し、同月二五日にはチェックオフの取扱い等に関する団体交渉を申し入れ、さらに、同年三〇日付け書面をもって、原告ら支部組合員名を通告し、その後も原告ら及び支部組合は、同年五月二八日付け、同年七月三〇日付け、同年一二月二二日付け書面等をもって、原告ら支部組合員名を通告して、右支部組合員の組合費は支部組合に交付するよう要求した。

(四) しかるに、被告は、原告らが支部組合の組合員であり、東計労組に所属していないことを知悉しながら、あえて原告らが東計労組の組合員であるとして原告らの賃金から別紙未払賃金表記載金額をチェックオフし、これを東計労組に交付した。

(五) 被告の右行為は、支部組合の組合運営に介入し、支部組合及び支部組合員を不当に差別する不当労働行為であり、民法七〇九条所定の不法行為を構成し、これにより原告らはそれぞれ別紙未払賃金表記載の賃金相当額の損害を被った。

(六) 仮に原告らの前記2の賃金債権の存在により右(四)の時点において損害が発生しなかったとしても、右債権が時効により消滅したとすると、右時効完成の時点で原告らに別紙未払賃金表記載の賃金相当額の損害が発生したものであり、次に述べる事情からみて、右損害の発生と右(四)記載の不法行為との間には相当因果関係があるというべきである。

(1)  原告らは、東計労組の結成後も、支部組合こそが旧支部組合との間で同一性を有するものと信じ、被告がチェックオフした金員についても当然支部組合がその請求権を有するものと考えていた。

(2)  原告ら支部組合員は、昭和五六年三月以来、一挙に少数派になり、被告も東計労組も支部組合の存在自体を否認し、これを壊滅しようとしてきたのであるから、原告らは、支部組合に結集して団結し、活動の主体を支部組合とせざるを得なかった。

(3)  これらの事情からすれば、賃金請求権が時効消滅することのないように権利行使することを原告ら各個人に期待することは到底無理なことであった。

4  よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの賃金又は損害賠償金及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告らの主張に対する認否

1  原告らの主張1の事実は認める。ただし、原告浜田実は昭和五七年一二月三一日被告を退職した。

2  同2(二)及び(三)は認める。ただし、右原告浜田が労務を提供したのは、右同日までである。

3  同3(一)のうち被告に支部組合が存在することは認めるが、原告らが同組合を組織していることは不知。

4  同3(二)のうち被告に支部組合とは別に東計労組が存在することは認めるが、同組合が昭和五六年ころ支部組合の一部組合員が同組合を脱退して結成したものであることは否認する。

5  同3(三)のうち旧支部組合が被告との間でチェックオフ協定を締結していたことは認め、その余の事実は不知。

6  同3(四)のうち被告が原告らの賃金から別紙未払賃金表各月欄及び夏、冬欄記載の金員をチェックオフして、東計労組に交付したことは認め(ただし、昭和五八年一月ないし三月分は供託した。)、その余の事実は否認する。

7  同3(五)及び(六)は争う。

被告の原告らに対するチェックオフの実施は、後記三1のとおり被告と原告らの所属する東計労組との間の協定の誠実かつ正当な履行にほかならず、何ら原告らに対する不当労働行為、不法行為を構成するものではない。

三  被告の主張

1  チェックオフ協定の履行による弁済-未払賃金請求に対し

(一) 被告には昭和二〇年代から日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下「全金」という。)に個人加盟の方式により加盟する旧支部組合が存在し、原告らはいずれも旧支部組合に加入していた。

(二) 旧支部組合は、昭和五六年二月一七日、「東京計器労働組合」(東計労組)と名称変更し、全金への加盟方式を個人加盟から団体加盟に改める等の組合規約の改定をした後、同年三月二日、組合員全員による直接投票の結果圧倒的多数の賛成により全金からの脱退を決議し、同月三日、全金東京地方本部に脱退届を提出して、全金から脱退した。

(三) 被告は、旧支部組合との間でチェックオフ協定を締結していた。

(四) 被告は、右チェックオフ協定に基づき、原告らが未払賃金として主張する別紙未払賃金表記載の金員のうち昭和五七年一二月分までの金員を、チェックオフすべき一般組合費として原告らの賃金から控除し、東計労組に交付した。

2  債権の準占有者に対する弁済-未払賃金請求に対し

仮に原告らが東計労組の組合員としての地位がなく、東計労組が原告らにつきチェックオフした金員を受領する権限がなかったとしても、被告は、東計労組と旧支部組合との間に同一性があり、チェックオフ協定の効力が東計労組との間で続いていること及び原告らが東計労組の組合員であることを信じて1(四)のとおりチェックオフしたのであり、次に述べる事情からみて、そう信じるについて過失はなかった。

(一) 被告は、旧支部組合が名称変更及び規約変更した昭和五六年二月一七日並びに東計労組が全金を脱退した同年三月三日、東計労組との間で、東計労組が旧支部組合との同一性を失うものではなく、旧支部組合と被告間で締結されていた労働協約、協定等が東計労組と被告との間で有効に存続することを、労使のトップが出席して開かれた臨時経営協議会の場において文書により確認した。

(二) 旧支部組合及び東計労組の規約による組合員資格の喪失事由は限定されているが、原告らについてその事由は発生していなかった。

3  供託-未払賃金請求に対し

(一) 前記1(一)ないし(三)のとおり

(二) 旧支部組合が名称変更及び規約改定をして全金から脱退したのに対して、昭和五六年三月一一日、原告立石憲市郎ら五名が被告の労政課長小田茂に面会して、旧支部組合の前記規約改定及び全金脱退は無効であって、支部組合が旧支部組合と同一性を有するものであり、旧支部組合員は、東計労組組合員と称する者も含めてすべて支部組合員である旨主張し、さらに、同月一三日到達の書面をもって旧支部組合の名称変更、全金脱退等はすべて無効であり、旧支部組合と被告との間で締結されていたチェックオフ協定等は、支部組合との間で存続しており、右協定は支部組合に対して履行されるべきである旨主張し、同月二三日にも小田課長に面会して、支部組合に対するチェックオフ協定の履行を要求し、また、同月三〇日付け内容証明郵便により、原告立石らの指導統制下にあるものとして、原告らの一部を含む五一名を、さらに、同年五月二八日付け内容証明郵便により原告らのうち五名を通知してきた。

(三) そこで、被告は、原告らが未払賃金として主張する別紙未払賃金表記載の金員の内昭和五八年一月分以降の金員について、債権者不確知を理由として、東計労組及び支部組合を被供託者とし、同年二月九日に一八万三九一四円、同月二五日に一八万一三〇二円及び同年三月一八日に一八万一三〇二円を東京法務局に供託した。

4  賃金請求権の時効消滅-未払賃金請求に対し

原告らの別紙未払賃金表記載の賃金及び一時金のうち昭和五八年一月までの各月の賃金及び一時金の支払期は原告らの主張2(一)記載のとおりであり、本訴提起前に各支払期から二年が経過した。

被告は、右時効を援用する。

5  損害賠償請求権の時効消滅-損害賠償請求に対し

原告らは、別紙未払賃金記載の毎月の賃金については当月二〇日に、昭和五六年夏の一時金については同年六月二六日に、同年冬の一時金については同年一二月四日に、昭和五七年夏の一時金については同年六月二五日に、同年冬の一時金については同年一二月三日にそれぞれ同表該当欄記載の金額を控除した金員の支払を受けてチェックオフの事実を知ったから、原告ら主張の不法行為の損害及び加害者を知ったことになる。原告らの別紙未払賃金表記載中昭和五七年一月までの各月分の賃金及び一時金相当額の損害については、本訴提起前に損害及び被害者を知ってから三年が経過した。

被告は、右時効を援用する。

四  被告の主張に対する認否及び原告らの反論

1  被告の主張1(一)は認め、同(二)は否認し、同(三)及び(四)は認める。

全金は、昭和二八年一〇月、その組織を連合体組織から個人加盟を原則とする単一組織に改め、これに従って旧支部組合の全金加盟も昭和二九年五月、団体加盟から個人加盟に改められた。しかるに、旧支部組合が、昭和五六年二月四日、組合委員会で、全金からの脱退手段として、全金への加盟方式を個人加盟から団体加盟に改める等の組合規約の改定を決議したため、全金中央本部及び東京地方本部は、同年二月九日、旧支部組合に対して、右規約改定手続きを中止すべき旨を通告した。ところが、旧支部組合において規約改定を同月一二日の組合大会及び同月一六日の組合員の直接無記名投票でそれぞれ可決したため、さらに、同月二五日、右規約改定を認めない旨及び全金からの脱退を認めない旨を旧支部組合に通告した。しかし、旧支部組合は右通告に従わず、同月二六日組合委員会で全金からの脱退を決議し、同月二七日の組合大会及び同年三月二日の直接無記名投票でこれを可決した。旧支部組合のした右規約改定及び全金脱退は、単一組織たる全金の組織の根幹に触れ、また、上級機関たる全金中央本部及び東京地方本部の統制に反するものであって、無効であり、旧支部組合と同一性を有するのは、全金の下部組織として存続する支部組合であって、東計労組ではない。

2  同2は、被告がその主張のとおり信じていたことは否認し、(一)は不知、(二)は争う。

後記6に主張するところから明らかなように、東計労組が原告らの組合費について債権の準占有者となることはない。

3  同3(一)の認否は1のとおりである。同(二)のうち旧支部組合が名称変更、規約改定及び全金脱退の手続をしたことは認めるが(ただし、いずれも無効である。)、その余は否認する。同(三)は認める。

被告のした供託は、チェックオフ協定に基づく組合費の供託であって、賃金の供託ではなく、また、東計労組及び支部組合を被供託者とするものであって、原告らを被供託者とするものでもなく、これによって、被告の原告らに対する別紙未払賃金表記載の賃金債務は消滅しない。

後記6に主張するとおり、原告らからの前記通告がされた以降はチェックオフが許されなかったものであり、また、原告らが支部組合に所属し、東計労組に属しないことは被告にも明らかであったから、チェックオフした金員を交付すべき権利者が不確知ということはできない。

4  同4は争う。

支部組合は、昭和五六年三月五日臨時大会を開催して新役員を選出した後、被告に対して、支部役員変更通知のための窓口の設置要求、チェックオフの履行要求、団体交渉の申し入れをなしたのに対して、被告は、これをすべて拒否して、支部組合の存在を否認してきたため、支部組合が労働委員会に不当労働行為救済申立てをしたところ、昭和五七年一二月一日被告の再審査申立てを棄却する中央労働委員会の命令が発せられ、被告はようやく昭和五八年一月一四日この命令に従って支部組合を認知したのであり、このときに原告らにとって賃金請求権行使の障害がとれて、同月一五日時効の進行が開始したものというべきである。

5  同5は争う。

前記のとおり、昭和五七年一月一四日、ようやく被告は支部組合を認知したのであり、このときに原告らは被告の不法行為による損害及び加害者を知ったというべきである。

6  東計労組のためのチェックオフの中止要求

全金中央本部東京地方本部は、指導統制権に基づき、原告立石を委員長代行に指名し、支部臨時大会を開いて執行部体制を確立するよう指示し、右指示に基づき、原告立石は、同月五日の臨時大会を招集した。原告らは、いずれも全金組織のもとに結集する意志で、一貫して前記規約改定及び全金からの脱退に反対してきたが、右臨時大会に出席して、原告立石を執行委員長に選任するほか、新役員を選出し、支部組合を組織した。支部組合は、被告に対し、昭和五六年三月一二日付け書面で旧支部組合の全金脱退は無効であること及びチェックオフ協定等はあくまで支部組合との間に存していることを通知し、同月二三日支部組合に対するチェックオフの履行を要求し、同年三月二五日にはチェックオフの取扱い等に関する団体交渉の申入れをし、同月三〇日付け書面をもって原告らを支部組合員として通告して、支部組合員の組合費は支部組合に渡すように要求した。さらに、原告らの署名捺印のある同年一二月二二日付け及び昭和五七年五月一九日付けの各書面で、同様の要求を通告した。このような経過を経て、被告会社内には支部組合と東計労組の二組合が併存するに至り、原告らが支部組合に所属し、東計労組に属しないことが右通告によって被告にも明らかになったのであるから、被告は、右通告以降原告らの賃金から組合費をチェックオフして、これを東計労組に交付することは許されなかったものである。

7  権利の濫用

支部組合の被告に対する前記四6の各通知要求により、被告は、被告会社内に東計労組とは別に支部組合が併存するに至り、原告らが支部組合に所属するものであることを知悉していたにもかかわらず、原告らの意思確認手続も取らずに一方的に原告らの賃金からチェックオフをし続けたものであって、右のような被告の原告ら及び支部組合に対する差別取扱いは、原告らおよびその利益代表者たる支部組合の権利行使を妨害するものにほかならない。

被告は、原告ら及び支部組合の権利行使を妨害しながら、被告の主張4及び5において時効を援用しているのであって、右時効の援用は信義則に反し、権利の濫用である。

五  原告らの反論に対する認否

原告らの反論はすべて争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告らの主張1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の賃金請求に関する主張について判断する。

被告の賃金債権の時効消滅についての主張事実は顕著であり、時効消滅の主張に対する原告らの賃金請求権行使の障害があった旨の反論及び時効の援用が権利の濫用である旨の反論は、主張自体失当であるといわざるを得ない。したがって、原告らの別紙未払賃金表記載の賃金及び一時金の内昭和五八年一月までの分は、時効により消滅したものであり、その請求は理由がない。

次に昭和五八年二月及び三月分の賃金請求について考えるに、被告は右賃金相当額をチェックオフ協定に基づいてチェックオフし、これを供託したから右賃金請求権が消滅した旨主張し、被告の主張1(一)のとおり原告らが旧支部組合に加入していたこと、同(三)のとおり被告が旧支部組合との間でチェックオフ協定を締結していたこと、被告がその主張3(三)のとおり供託したことは、当事者間に争いがない。しかし、チェックオフは、各組合員と雇用主との関係においては支払委任たる性格を有するものであるから、各組合員個人が雇用主に対してチェックオフの中止を申し入れた場合には、雇用主は特段の事情のない限りこれに従ってチェックオフを中止しなければならないと解すべきところ、〈証拠〉によれば昭和五七年一二月二二日、原告らを含む支部組合の組合員全員から被告に対し、各個人が記名捺印した書面をもって、東計労組のためにその組合費をチェックオフすることを中止し、昭和五六年三月以降のチェックオフされた組合費相当額の金員を返還するよう要求したことが認められる。そうすると、右特段の事情の主張立証のない本件においては遅くとも昭和五八年一月二〇日に支払期の到来する同月分以降の賃金については、被告は、原告らが東計労組の組合員の地位を有したか否かにかかわらず、東計労組のためにチェックオフを継続することは許されなかったものといわなければならない。また、仮に被告が支部組合と旧支部組合との同一性を認め、原告らが支部組合に所属しているとして、支部組合のためにその組合費をチェックオフするのであれば、これを受領すべき債権者が支部組合であることは明らかであるから、供託の要件が欠けることになる。さらには、もし旧支部組合と同一性を有するのが東計労組か支部組合か、そして原告らがいずれの組合に所属するのか不明であって、チェックオフすべきかどうか、するとしていずれの組合の組合費についてすべきかが明らかでなかったのであれば、チェックオフそのものをすべきでなかったといわざるを得ない。そうしてみると、結局、被告の供託の主張は、その余の点を判断するまでもなく、失当である。

したがって、昭和五八年二月及び三月分の賃金請求は、理由があることになる。

三  原告らの損害賠償請求について考えるに、原告らの主張する事実は、原告ら個人に対する関係では単に賃金を支払わないという債務不履行をいうことに帰着し、支部組合に対する関係で不当労働行為になるとしても、原告ら個人に対する不法行為に該当すべきものではないというべきである。仮に不法行為を構成するとしても、チェックオフをした時点においては賃金請求権が存在するのであるから、損害の発生を認めることができず、また、原告ら主張のように賃金請求権の時効消滅の時点で損害が発生するとしても、原告ら主張の事実をもってしては右不法行為と損害との間に相当因果関係があると認めることはできない。したがって、いずれにしても原告らの損害賠償請求は、理由がない。

四  以上によれば、別紙認容額一覧表記載の原告らの同表認容額欄記載の賃金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、右原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 長谷川誠 裁判官 阿部正幸)

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